Together Through Life

 

ものすごくうるさくて、ありえないほど近い



ジョナサン・サフラン・フォア著、近藤隆文訳『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』を読んだ。
9・11のテロで父親を亡くしたオスカーが父の遺品の中から鍵を見つける。鍵が入っていた封筒には「ブラック」と一言書かれており、オスカーは鍵穴を見つけるためにニューヨーク中のブラックさんを訪ねて回る。
2005年にアメリカで発表された小説で、9・11で家族を失った遺族のその後の魂の救済をテーマに描かれてはいるのだけれど、テロそのものは極めて抽象的に描かれているに過ぎず、また9・11のみならずオスカーの祖父母が体験した第2次世界大戦のドレスデン爆撃や広島への原爆投下にも触れられており、時代を超えて置かれるそれぞれの喪失がまるでメタフィクションのような世界で交錯する。また「ヴィジュアル・ライティング」と言われる、行間を詰めたページがあったり1文しかないページがあったり、かと思えば真っ黒に文字で埋め尽くされたページがあったりと視覚的にも趣向が凝らされているのだけれど、それはすべて描かれる世界を、登場人物の悲劇と再生への歩みを支えるための装置として仕掛けられているので視覚的趣向のみが前面に出ていやな感じを受けることもない。
巨大な力で突然、一瞬にして大切なものを失う悲劇。人はその喪失を抱えたまま生きていくことなど出来ない。だから、心にぽっかりと空いた穴を埋めるために歩く。ただそれはオスカーだけに限ったことではない。この物語はオスカーの再生への道程を描くことにより、彼を支え見守る大人たち(夫を失った妻、言葉を失った祖父、姉を失った妹…)もまた同じように鍵穴に鍵を差し込むために歩いていることを示唆する。
結局オスカーの鍵は鍵穴に差し込まれるのだけれど、それは彼の探している鍵穴ではなかった。そこでオスカーは知る。死はあっけないほどの空白なのだ。からっぽなのだ。それを埋めるために、彼はその祖父(オスカーの父の父)の言葉を捧げる。声を失った人の、ありえないほどたくさんの、愛に満ちた言葉を。
巨大な力によりもたらされた歴史的悲劇は、結局こうして1人1人の喪の作業によってしか克服されない。そして喪の作業とは喪失を埋めるための途方もない歩みであり、でもそれは決して永遠に埋まらない空白ではないのだ。
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