Together Through Life

 

嗤う分身

waraubunshin (500x333)

リチャード・アイオアディ監督『嗤う分身』を観た。
下敷きとなっているのはドストエフスキーの『分身』。主人公は、ある日突然現れたもう1人の自分に社会的地位や居場所のみならずアイデンティティまでをも奪われていく。
白黒テレビに旧型コンピューター。常に壊れているエレベーター、誰も乗っていない電車。自然光を一切排除した世界に流れるのは、なんと日本の昭和歌謡(残念なのは日本語やその歌を知ってしまっている僕には、外国人に対して昭和歌謡がどのような効果をもたらしているかが分からないこと)!
ここがどこで、今がいつなのか全く分からない世界という神経症的な閉塞感が、ロスト・アイデンティティの緊迫感や焦燥感により一層の拍車をかける。
この緊迫感と息苦しさを、笑って観させる。いや、自分自身を自分自身によって浸食していくというアイロニーこそが、観ている者に笑いをも起こさせるのか。
恋する者すら自分自身に奪われる、それは究極の儚さであり、だからこそ最後に彼は安らぎと破滅の狭間で分裂する。いや、安らぎと破滅こそがセットになっているがゆえに、分裂せざるを得ない。
徹底した世界観の中で主人公2役を演じるジェシー・アイゼンバーグが素晴らしい演技。
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