Together Through Life

 

ハイレゾでディランを

銀座ソニービルのスペシャルイベント、ハイレゾでボブ・ディランを聴けるというのに行く。

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200インチの大型モニターで映像を観ながら、ソニーの最上位スピーカーとアンプでディランを聴く贅沢。本物の音楽を素晴らしい音で聴くと、本当に心に沁みる。涙腺も緩む。
良いオーディオが欲しくなってしまう…。

 

Congratulation, Bob !

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先週発表されたボブ・ディランのノーベル文学賞授与には驚いた。というか、毎年候補になっていたことは知っていたのでいつかは獲るかなぁとは思っていたけれど、「おお、今年もう獲ったのか」という。
もちろん長年のファンとしては素直に嬉しいし、祝福したい。
けれど、注目はその後の彼の動向。ノーベル事務局からの電話には出ないし、ステージに立っても相変わらずのパフォーマンスを繰り広げるのみ。拒否とかいうレベルではなく、何事もなかったように無視を決め込んでいる。
ボブらしい、って思う。彼の意志とは無関係のところでも相変わらず賛否を巻き起こし、世間を騒がせ、気付けば本人はもう先を歩いている。彼はずっとそうやって歩んできた。75歳になってもそういったところは変わらないし、そういったところに惹きつけられる。
ただ12月の授賞式にしれっと出席したって、それはそれでボブらしくもあるな。
それにしてもグラミー賞、アカデミー賞、ゴールデングローブ賞、ピュリッツァー賞に大統領自由勲章にノーベル賞を受賞する人なんて、この先出てこないだろうなぁ。
受け取るにしてもこのまま無視するにしても、ファンの僕らにとってはどちらでも良いし、どちらもボブらしい。ただ間違いないのは、これからもずっと、彼は歌い続けてくれるだろうということ。

 おお、わたしの頭のなかに結び目をつくるすべてのかんがえ
 それらがわき出なかったら わたしは気がくるっただろう
 だが 見知らぬ目に見られて裸で立つことではなく
 わたし自身と友だちのために わたしの物語りは歌われるのだ


とにかく今、拒否する前に言っておこう。
ボブ・ディラン、おめでとう。

 

Dylan and The Beatles

こんなサイトを発見。1960年代、若き日のボブ・ディラン。やっぱりカッコいいなぁ。

http://www.vintag.es/2016/03/47-interesting-color-photos-of-young.html

中でもこの1枚。

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ボブ・ディランとビートルズ。震える。

そんな中ジョージ・マーティンの訃報が。デヴィッド・ボウイやモーリス・ホワイトもそうだけど、ロック黎明期のスターたちの訃報が相次ぐ。あの時代好きとしてはこれからも覚悟していかなきゃならないのか…。
ひとまず、ジョージ・マーティンのご冥福を祈って。

 

月光

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斉藤和義は昔から聴いているんだけど、最近よく聴いている『斉藤』と『和義』が、さすがにフルネームをアルバムタイトルにしただけあってとても良い。
ほとんど全ての楽器を自分で演奏するというミュージシャン魂はもちろん、ロックをベースにしてブルーズやカントリー、フォークなどあらゆるジャンルの音楽を巧みに取り入れた上に乗せられる前向きでいて深みのあるリリック。
特に好きなのが『斉藤』の最後に鳴る『月光』。ロックンローラーの男気溢れる精神を歌う、キース・リチャーズやジョー・ストラマーも登場するトーキングブルーズだ。
その中に、いつ聴いてもほろりと来る節がある。

 あっちの席でオッサンは言ったよ 「オレは百人の女と寝たぜ」
 こっちの席じゃ若者が 「男の価値はなにで決まるのかな?」
 そしたらとなりの女が 「そんなの"家族"に決まってるでしょう!」

だったら僕は結構価値ある男だなぁ、だなんて。家族に感謝して、前を向けるのだ。

 

Ying Yang



桑田佳祐のトリプルA面シングル『Ying Yang』にハマっている。昭和歌謡の趣を色濃く反映させた表題曲と3曲目『おいしい秘密』(これなんかモロ前川清!)、軽快なロック調の2曲目『涙をぶっとばせ!!』、どれも良いのだけれど、やはり素晴らしいのは表題曲。
桑田佳祐は昔からあらゆるジャンルの垣根を飛び越えて自身が経験してきた音楽を貪欲に取り込み、それらを「桑田佳祐」というフィルターを通すことによって現代の音楽として鳴らすことに飛び抜けているミュージシャンだと思っていて、だからサザンやソロに限らず彼の音楽を聴いているとどこか懐かしく既視感のある中にも決して懐メロとは響かない要素があって驚いてきた。『Ying Yang』はそんな彼の真骨頂ではないか。
この間何かのインタビューで語っていたように、桑田佳祐は「昭和歌謡」という言い方を嫌う。それでは平成と昭和の間にあたかも断絶があるように感じるではないかと、歌謡曲というジャンルが昭和という古い時代とともにすでに過去のものになっているみたいではないかと、そう言うのだ。そうではなく、J-POPでもポップミュージックでもいいけれど、それは決して平成以降だけのものではなく(ついでに言うとニューミュージック以降でもなく)、昭和時代の歌謡曲から日本という国に脈々と連なってきているものなのだ。それを彼はリスペクトし、そこに自身の他のルーツである音楽を融合させ(だから彼の曲にはビートルズやビーチ・ボーイズ、クラプトン、ドアーズ、ヴェルベット・アンダーグラウンドまで色んな音が聴こえてきて楽しい)、まったく新しい現代のポップミュージックとして鳴らせる。艶めかしい詩の世界、彼の声や歌唱法まですべてが絡まり合い、1つの「桑田佳祐」の音として鳴り響く。そこに過去のあらゆる楽曲の要素が詰まっていようと、もちろんそれは単なるパロディでも懐メロでもなく、完全に「現代」の「桑田佳祐」の音楽になる。
さらに言えば、そんな彼の独自性は自身の大病と震災を経験したあと、より強まったように思われる。死に直面し、彼の身体と精神の中からしか鳴らせない音にそれまで以上に敏感になる。そして、確信し、吹っ切れ、「桑田佳祐」の音を振り切る。だから、僕には今こそ彼の全盛期ではないかと、そう感じる。

 

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