Together Through Life

 

ライフ

今回のタイは何気に今年初めてだったので、今週は各工場を巡り、今朝の便で帰国。
機内でダニエル・エスピノーサ監督『ライフ』を観る。

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宇宙空間での非常事態を描く『ゼロ・グラビティ』に地球外生命体との遭遇、争いを描いた『エイリアン』を足して2017年仕様にアップデートしましたというような作品。
全体的にB級サスペンス臭は漂うけれど、結構悲惨なラスト含めまずまず観られる。でもそりゃ『ゼロ・グラビティ』や『エイリアン』にはもちろん及ばない。ま、こちらもそこまで求めていないけれど。

 

キングコング:髑髏島の巨神

今日から急遽タイ出張。出張というか、というのもメインの目的は取引先社長の母上のお通夜への参列。

往きの機内でジョーダン・ヴォート=ロバーツ監督『キングコング:髑髏島の巨神』を観る。

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これまでリメイクされてきた数多のキングコングものとは明らかに一線を画す作品。というのもコングの悲哀や人間女性との儚い関係性など、そういったロマンチックな要素を丸ごと吹き飛ばす勢いのB級(良い意味での)映画。これはこれでシンプルに楽しんで観られるから好き。
ただ、だったらもっともっと摩訶不思議な怪獣や恐竜を出してほしかったかな、少し物足りないかなという印象も。

 

海よりもまだ深く

今日からパートナーも秩父に行っているし、家にはばあばと僕だけ。夕食は仕事帰りに済ませ、早めに風呂に入って2階に上がる。誰もいない部屋は綺麗で静かで、やっぱり少し寂しいもんだ。
是枝裕和監督『海よりもまだ深く』を観る。

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舞台は団地(監督が実際生まれ育った団地だそうだ)。高度経済成長の象徴として、中流家庭への憧れとして建設ラッシュに沸いた団地も、今や人口減少と少子高齢化を分かりやすく表す場所になってしまっている。今や団地に子供の声は響かず、老人たちがひっそりと暮らす。
言うなれば「なりたいものになれなかった」団地を舞台に、なりたい大人になれなかった大人たちが描かれる。
歩いても 歩いても』ではぶつかり合う存在として日本家屋の一軒家で存命だった父が、ここ団地では不在だ。ただ不在にしてその存在感はあまりに大きい。もはやぶつかれない存在だからこそ。
そんなあまりにも大きな影響から抜け出せない良多もまた父だ。なりたかった大人になれず、虚勢や意地ばかりを張って足掻く。
思えばどれだけの人が自分がなりたかった大人になれているのだろう。自分がなりたかった大人になれていないのに、僕たちは親となり子とどう向き合えば良いのだろう。
台風の夜に団地で良多とその老母、元妻が息子と過ごす夜。このたった一晩に描かれる人間の、大人のあざとさ、優しさ、だらしなさや執着心、諦念、葛藤…。なんだこれは。クライマックスらしいクライマックスではなく、あくまでも静かに淡々と描かれる画面から問いかけられる細かく、深い問い。生きていくということは、その問いに向き合い続けるということなのだ。
これまで同様、是枝監督は日常の些細な一場面を切り取り、そこからほんの少し動き出す部分だけを描き、こんなはずではなかった場所で、こんなはずではなかったと思いながらも生きる姿勢を示す。こんなに静かな映画でも深く心に迫るものが突き刺さるのは、ほとんど全ての人(大人)がそうやって生きているってことだからなのだろう。

 

カーズ/クロスロード

三連休最終日は午前中ゴロゴロ。出かけるママとannとallenを送って、僕だけまた家でゴロゴロ。良い休養。
夕方また迎えに行き、annの友達Rも一緒に5人で映画へ。ブライアン・フィー監督『カーズ/クロスロード』。



テーマは老い。世代交代。
若いレーサーに追い抜かれ、追いつけず、苦しそうに顔を歪めるマックィーン。このままレーサーとしてまだまだ生きるのか、新たなる他の道へと踏み出すのか。
マックィーンはベテランの老獪さとテクニックを活かす練習を重ね、レースにカムバックする。ただやはりピクサーは単純なカタルシスや感動には持っていかない。なぜなら、この世にはやれば何でもできる、夢は叶うと簡単に言う作品があふれ返っているから。それでいてその前段階にあるやらなければ何も始まらない、何も出来ないということもきちんと描くのだ。
やれば出来る!って思って懸命に努力したって、どうしても出来ないことは確かにある。でも、やったってどうせ出来ないって思っていたら、本当に何も出来なくなる。その交差こそ邦題にあるもう一つの「クロスロード」であり、子供たちにきちんと伝えなければいけないことだ。
続編の性か「1」には敵わない(「2」はそもそも別物として)かもしれないけれど、マックィーンのレーサーとしての人生を締めくくるには素晴らしい映画だった。
シンプルな感動はないけれど、感慨が確かにあり、その感慨がとても深くて泣いてしまった。

 

湯を沸かすほどの熱い愛

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中野量太監督『湯を沸かすほどの熱い愛』を観た。
出ている役者さんも良いし実際賞もとってるし評判も悪くなさそうだったので、期待して観た。そういう映画を批判(とまではいかなけれど)するのは憚られるけれど、なんだか個人的には逆に冷める作品だった。
映画なんてしょせん「嘘」の世界だから、現実的にどうかっていうツッコミはやらない。でも、リアルではなくリアリティは必要でないかと思う。
末期癌、いじめられっ子、聾唖、親に捨てられた子供…。それぞれが背負うものが、それだけで一本映画を作れちゃうんじゃないかと思うほどに重くて、だからそれぞれが背負うそれらがきちんと描かれておらず(そりゃ無理だ)、作り手にそんなつもりはなかったとしても軽く扱っているように見えてしまう。
また宮沢りえ(彼女自身の演技は素晴らしい)演じる双葉の銭湯に対する愛が丁寧に描かれていないから、最後に亡骸を風呂釜で焼かれたって、そのこと自体の違法性だとか現実味だとかは置いておいても、それはどうよ?としか思えない。
登場人物たちが背負うものは重く、深いテーマだ。簡単に扱ってはいけない事柄だ。映画という作品でそういったものを登場人物たちに背負わせる以上、脚本あるいは演出の責任として丁寧にそれらを一つ一つ乗り越えていかなかればならないのではないかと思う。
宮沢りえだけじゃなく、オダギリジョーも杉咲花も素晴らしい演技だっただけに、作り手の安易な思いが余計に残念だった。
あぁ、批判になっちゃった…。

 

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