Together Through Life

 

モアナと伝説の海

ゴールデンウィークもいよいよ最終日。家族でロン・クレメンツとジョン・マスカー監督『モアナと伝説の海』を。

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allenはなぜか違うヒーロー物の前で同じポーズ。

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で決めてから劇場へ。

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モアナは村長の娘だし、舞台がポリネシアのディズニーのプリンセスものだと思っていたら、モアナ自身が言う(「私はプリンセスじゃないわ」)通り、プリンセスものではない。葛藤する少女が信頼するパートナーと出会い、島を守るために冒険に出るビルドゥングスロマン。圧倒的な映像美の中で迫力満点に戦い、島を守る。マウイと恋に落ちないのも良い。
と、ここまで書いて、いや観ている途中からずっと感じていたのは、すごくジブリ的だということ。少女の成長物語というテーマもそうだし、飛行石やらポニョの海やら巨神兵やらデイダラボッチやらシシ神様やらを連想させるキャラクターやシーンが盛りだくさん。これはもうジョン・ラセターが敬愛するジブリに捧げたアンサーソングではないかと勘ぐってしまうほど。
今やピクサー/ディズニーの重要人物であるジョン・ラセターにこれほどジブリ愛に満ちた作品を作らせてしまうことを考えると、やっぱりジブリの制作部門の解体はとても残念でならないなぁと、なんか違う感想も持ってしまった。

 

永い言い訳(映画)

家のテレビを変えてネットにつながるようになり、TSUTAYA TVから映画もレンタルすればいいやと思い始めたら途端に映画を前ほど観なくなってしまっている。ネット上で探すのが面倒だし、思えば何か良い映画がないかと目的もなくTSUTAYAに行ってパッケージを見ながらブラブラとする方が探しやすいものなのだ。とは言え観たい映画は溜まってしるので、ぼちぼち観ていかないと。

まずは西川美和監督『永い言い訳』。

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自身の小説を映画化したもので、やはり自分の作品を自分で映画化したのだから、そこに流れる、あるいは佇む空気は原作小説のまま。モックンがこれでもかとダメ男を演じきっていて、原作同様、観る者を後ろめたい気分にさせ、丁寧に生きることの重さ深さを思い知らされる。
マネージャーが言う「子供は免罪符」という台詞が刺さる。子供を免罪符や一時の癒しにすることは、確かに根本的に自身の人生に向き合うことではない。自分の人生は自分で。そんな当たり前のことを今更思い知らされ、またも打ちのめされる。

 

野火

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塚本晋也監督『野火』を観た。
敗戦がほとんど確実になった中、レイテ島に取り残された日本兵たちの極限。もはや物体としか認識されない死体がごろごろと転がり、味方同士で疑心暗鬼の末、殺し合いが始まりさらには…。塚本晋也は映像としての利点を生かし、眩いばかりに美しい原色の自然の中に、凄惨な戦場に転がる死体と煤と垢にまみれてゾンビのごとくただただ自身のみの生を求める敗残兵を放りこむ。そこに人間としての尊厳はないので、各人の背景などは一切描かれない。ただ生き生きと生きている自然と、精神的にも肉体的にもほとんど死んでいる兵士たちの対比が恐ろしい。そして、それこそが戦場なのだ。
映画としてとても迫力に満ち、映画でしか描けない鮮やかな色彩の力など、とても見応えのある作品。けれども、これはもう仕方ないとは思うのだけれど、原作の衝撃にはかなわないものなんだなぁ。

 

レヴェナント

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アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督『レヴェナント:蘇りし者』を観た。
いかにも賞受けしそうな大作然とした作品で、大自然の徹底した美と恐怖、俯瞰の美しさと緊迫の臭さを描いたイニャリトゥ監督も見事だし、ほとんど最初から最後まで死にかけながらも生への執念を燃やし続け、大いなる自然の中にいてあまりにも小さな人間が実は根本に持つ強さを演じたディカプリオ(念願のオスカーおめでとう!)も素晴らしい。
ただこの映画の一番のすごさはエマニュエル・ルベツキのカメラに尽きる。その自然光のみを生かした映像はただただ圧巻。この撮影がなければストーリーがシンプルなだけにここまで素晴らしい作品にはなっていなかっただろうと思う。3年連続オスカー受賞も納得。

 

この世界の片隅に

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昨年からずっと観たくて、劇場で観るならもう本当にそろそろ行っとかないとと、会社帰りに片渕須直監督『この世界の片隅に』を。
冒頭、映画が始まったと同時くらいにのんの声が語り始め、もう途端に僕たちはそこからのん=すずと一体化してしまい、そのまますずとして戦時下の日本の日常を生きることになる。
この作品は戦争を描いているのではない。かと言って、戦争と対峙する形での日常を描いているのでもない。戦争がある日常を描いているのだ。
日常は美しい。戦争があったって、なかったって。人は、本当の幸せは日常の中にこそあるって、感覚的に知っている。だから、戦争があったってお腹を抱えて涙を流して大笑いするし、防空壕の入口に並んで座ってキスをする。仕事で疲れればうたた寝をするし、デートのときは化粧が濃くなる。お料理にもお洗濯にもお掃除にもお裁縫にも、戦艦大和の2700人の乗組員たちの一人一人にも、日常のドラマがある。
だから、だからこそ、そんな日常に戦争があることの怖さ、恐ろしさには戦慄を覚える。思わず絵に描きたくなるほど美しい空中での爆発。空を猛スピードで駆け抜ける爆撃機の下をひらひらと舞う蝶。美しい日常の中にある戦争だからこそ、その恐ろしさは震え上がるほどに恐ろしい。
そしてそんな日常ははるか昔からすずの時代を通り、今もまだ続いている。アメリカ軍がイラクで戦争をしているとき、家族は笑ってディズニーランドを楽しむ。それが悪いってことじゃない。ただ、僕たちはずっとそんな日常に、世界に生きているということだけ。それを忘れちゃいけないってだけ。
戦争ははるか遠くにだけあるものではない。段々畑から見える海の上にしかないものじゃない。いつ僕たちの見上げる真上の空を空襲が襲うか分からない。
でも、生きていくんだ。笑って泣いて、日常の中にある幸せを噛み締めて。たとえそれがまやかしだったって、強がりだったって、裏口で泣くことがあったって、日常の中にしか本当の幸せはないから。生きるということはそれを求めるということだから。世界中の全員がそれぞれに持つ、この広い世界のそれぞれの片隅で。

 

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