Together Through Life

 

湯を沸かすほどの熱い愛

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中野量太監督『湯を沸かすほどの熱い愛』を観た。
出ている役者さんも良いし実際賞もとってるし評判も悪くなさそうだったので、期待して観た。そういう映画を批判(とまではいかなけれど)するのは憚られるけれど、なんだか個人的には逆に冷める作品だった。
映画なんてしょせん「嘘」の世界だから、現実的にどうかっていうツッコミはやらない。でも、リアルではなくリアリティは必要でないかと思う。
末期癌、いじめられっ子、聾唖、親に捨てられた子供…。それぞれが背負うものが、それだけで一本映画を作れちゃうんじゃないかと思うほどに重くて、だからそれぞれが背負うそれらがきちんと描かれておらず(そりゃ無理だ)、作り手にそんなつもりはなかったとしても軽く扱っているように見えてしまう。
また宮沢りえ(彼女自身の演技は素晴らしい)演じる双葉の銭湯に対する愛が丁寧に描かれていないから、最後に亡骸を風呂釜で焼かれたって、そのこと自体の違法性だとか現実味だとかは置いておいても、それはどうよ?としか思えない。
登場人物たちが背負うものは重く、深いテーマだ。簡単に扱ってはいけない事柄だ。映画という作品でそういったものを登場人物たちに背負わせる以上、脚本あるいは演出の責任として丁寧にそれらを一つ一つ乗り越えていかなかればならないのではないかと思う。
宮沢りえだけじゃなく、オダギリジョーも杉咲花も素晴らしい演技だっただけに、作り手の安易な思いが余計に残念だった。
あぁ、批判になっちゃった…。

 

アイアムアヒーロー

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佐藤信介監督『アイアムアヒーロー』を観た。
原作のファンで、ただ先日読んだ最終回に色んな意味でショックを受け、これは改めて最初から再読した方が良いのか、はたまた単に酷い結末との理解で良いのか、悩みながらまずは映画をと。
ZQNが想像以上に気持ち悪いし、迫力も予想以上。予想通り大泉洋が良かった。
ただここまでのストーリーだとやはりここからの広がりとか盛り上がりとか、英雄と比呂美やつぐみとの関係性とか、原作にあった独特の空気や世界観や要素の一部しか表現されない。そこが残念。かと言って続編を作れば良いってわけでもないと思うが。
ゾンビ映画としては(あんまり観たことないけど)とても良いけれど、『アイアムアヒーロー』はただのゾンビ物ではないだろう。あの作品の持つ深さをそこまで掘れなかったのは、繰り返しになるけれどまぁここまでのストーリーだと仕方ないのかも知れない。

 

モアナと伝説の海

ゴールデンウィークもいよいよ最終日。家族でロン・クレメンツとジョン・マスカー監督『モアナと伝説の海』を。

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allenはなぜか違うヒーロー物の前で同じポーズ。

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で決めてから劇場へ。

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モアナは村長の娘だし、舞台がポリネシアのディズニーのプリンセスものだと思っていたら、モアナ自身が言う(「私はプリンセスじゃないわ」)通り、プリンセスものではない。葛藤する少女が信頼するパートナーと出会い、島を守るために冒険に出るビルドゥングスロマン。圧倒的な映像美の中で迫力満点に戦い、島を守る。マウイと恋に落ちないのも良い。
と、ここまで書いて、いや観ている途中からずっと感じていたのは、すごくジブリ的だということ。少女の成長物語というテーマもそうだし、飛行石やらポニョの海やら巨神兵やらデイダラボッチやらシシ神様やらを連想させるキャラクターやシーンが盛りだくさん。これはもうジョン・ラセターが敬愛するジブリに捧げたアンサーソングではないかと勘ぐってしまうほど。
今やピクサー/ディズニーの重要人物であるジョン・ラセターにこれほどジブリ愛に満ちた作品を作らせてしまうことを考えると、やっぱりジブリの制作部門の解体はとても残念でならないなぁと、なんか違う感想も持ってしまった。

 

永い言い訳(映画)

家のテレビを変えてネットにつながるようになり、TSUTAYA TVから映画もレンタルすればいいやと思い始めたら途端に映画を前ほど観なくなってしまっている。ネット上で探すのが面倒だし、思えば何か良い映画がないかと目的もなくTSUTAYAに行ってパッケージを見ながらブラブラとする方が探しやすいものなのだ。とは言え観たい映画は溜まってしるので、ぼちぼち観ていかないと。

まずは西川美和監督『永い言い訳』。

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自身の小説を映画化したもので、やはり自分の作品を自分で映画化したのだから、そこに流れる、あるいは佇む空気は原作小説のまま。モックンがこれでもかとダメ男を演じきっていて、原作同様、観る者を後ろめたい気分にさせ、丁寧に生きることの重さ深さを思い知らされる。
マネージャーが言う「子供は免罪符」という台詞が刺さる。子供を免罪符や一時の癒しにすることは、確かに根本的に自身の人生に向き合うことではない。自分の人生は自分で。そんな当たり前のことを今更思い知らされ、またも打ちのめされる。

 

野火

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塚本晋也監督『野火』を観た。
敗戦がほとんど確実になった中、レイテ島に取り残された日本兵たちの極限。もはや物体としか認識されない死体がごろごろと転がり、味方同士で疑心暗鬼の末、殺し合いが始まりさらには…。塚本晋也は映像としての利点を生かし、眩いばかりに美しい原色の自然の中に、凄惨な戦場に転がる死体と煤と垢にまみれてゾンビのごとくただただ自身のみの生を求める敗残兵を放りこむ。そこに人間としての尊厳はないので、各人の背景などは一切描かれない。ただ生き生きと生きている自然と、精神的にも肉体的にもほとんど死んでいる兵士たちの対比が恐ろしい。そして、それこそが戦場なのだ。
映画としてとても迫力に満ち、映画でしか描けない鮮やかな色彩の力など、とても見応えのある作品。けれども、これはもう仕方ないとは思うのだけれど、原作の衝撃にはかなわないものなんだなぁ。

 

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